狐と踊れ[新版]

 著者:神林長平
 発行者:早川浩
 発行所:株式会社 早川書房

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 **反復(リフ)

 「蒸発した連中の気持がわかるよ」
 とおれはいった。
 そのおれとは別に、"どうしゃべるべきかを必死に思い出している"自分がいた。

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 「ビートルズが好き」
 「返して!」
 「狐と踊れ」
 「ダイアショック」
 「落砂」
 「蔦紅葉」
 「縛霊」
 「寄生」
 「忙殺」

 神林長平作品に魅入られたのがよくわかります。表題作「狐と踊れ」はSFマガジンの第5回SFコンテストで佳作を受賞。そして、神林先生のデビュー作となった作品です。新版は、旧版に収録されていた「敵は海賊」を割愛し「落砂」「蔦紅葉」「縛霊」「寄生」の4作を加えて再編集されたもの。

 「巨匠」と呼ばれるようになってからの神林先生の作品しか読んでいなかったのでデビュー作を含むまだ幼い作品を読むのには少し苦労をしました。『こういう作風だ』と脳裏に焼き付いてはいるのだけれど、その人の作品が成長もせずに留まっている訳でもなく、やはり幼い頃の文体というものは存在するわけで。
 最初の神林作品は「NOVA 2」に収録されている「かくも無数の悲鳴」。短編であるが、ガチのSFというものを瞳孔に突き付けられた感覚に陥り魅了され「我語りて世界あり」を購入、そして読了。こちらもガチSF。ぬるさも甘さも感じ無い位のSFで難しい所もあったが更にこれで神林先生が好きになった。
 そして今回。かなりやんわりとしたもの。今までガムを噛んでいた筈なのにこんにゃくゼリーのようなそんな感じを味わう事になった。其れが悪い訳では無いけれど、イメージの中の神林作品とえらく違うので多分読了までに時間がかかってしまったのは私の勝手な考えがぐるぐるとしたからに違いない。

 本とは人生である。その何百頁の中に記された一つの人生である。其れを作者の癖や肩書きやイメージで崩してはいけない。其れを久しぶりに感じる事が出来たからいい機会だったのかもしれない。(他の理由を述べるならば、プライベートで色々と忙しかったりしていた訳で本を読むモチベーションでも無かったんだと思う。そういう日が続く時もある。)

 本の内容に触れよう。
 短篇集で量も多い。ので、一つ一つが結構短い。「ビートルズが好き」や「返して!」は小手調べなのだろう。スラスラと読み進めて行き「返して!」で仰天した。私の持っていたイメージと本の内容が合致したからである。其れはまた読んで理解して欲しいのだけれど。SFを読みすぎると(私だけだろうか…)色々と有りはしない設定を考えてしまうもので、未来の法律だとか、機械の発展だとかを妄想してしまう事がある。其れが「返して!」では一致したから驚いた。その分私は物凄く楽しめたので更にのめり込む事が出来る。
 SFコンテストで佳作を受賞した「狐と踊れ」は、文体としてはねっとりとしていると言っていいのだろうか。近年の神林作品しか知らない私なんかは、そう感じた。キレが無いと言えばいいのか、何となくさざ波に近いそういう感じ。ストーリーとしては完全にSFでガチガチに文体も固めれば容赦なくつんざく事が出来たのだろうけれど、敢えて其れをしなかったのか、そういうスタンスだったのかは定かではない。でも、その緩さで構築されたから主人公の事も妻の事もゆるりゆるりと読み進められたのではないだろうか。ねっとりとした緩さは作品の日常の速度に近い気がする。
 「ダイアショック」は真面目に生死の境目を行き来するんだけれど、笑えるようなそうでないような。アメリカンジョーク的な味わいになってるんじゃないかと思う。結構好き。
 「落砂」は怖い。そして自分がどの立ち位置で読めばいいのかわからなくなってくる。もし、「私は主人公目線で話を読み進めちゃう人なんですよ〜」っていう人が居たら是非読んで混乱していただきたい。12.3頁で目を取り敢えず見張れるだろう。
 「蔦紅葉」は優しさに包まれているのだけれど、その優しさが恐怖であったり混沌であったり空虚であったりそういう掴めない物になっていく感が自分の中では恐ろしさを感じる作品。最後らへんの婆やがスパイスになる。
 「縛霊」は騙された。『神林長平はミステリーも書くのか!』と思っていたのもつかの間。一気にグイッと変わる。例えて言うならば「NOVA 2」の「聖痕/宮部みゆき著」に近い感じ。『トンデモ』なんだけどあっけらかんと『トンデモ』とは言えないようなそんな。
 「寄生」は内に秘めたる恐怖。これもミステリーに近い感じだが『トンデモ』ではない。ただ、行方知れずの自分の浮遊する気持ちを掴めない少年が居て、其のふわふわした中での行動が取り敢えず怖い。救いたい、陥れてもいい、でも結果的に救いが無いってこういう事を言うんじゃないのかな。
 「忙殺」は一番好きな作品になった。これも「縛霊」と同じく『トンデモ』に近い。ミステリーのような形式で始まり、伏線がふわふわとする。その伏線が今思えばどうもSFらしいんだけれど、行動や文体で黙されていく。最後の最後でキーパーソンと出会い、其の後の主人公の言葉を聞いた時にきっと「はっ」とするだろう。是非「忙殺」だけは時間をおかずにイッキ読みしていただきたい。できれば41時間以内に、本を閉じずに読みきってしまって欲しい。そうすれば、きっともっと楽しめる。

 全体的に読みやすく甘い感じでしたが、そう思う場合は解説をしっかりと読んで頂ければ幸いかと。SF音楽研究をなさっている飯田一史さんが解説を書かれています。本作は解説込みで読まないと、温めずに食べる冷凍食品と言っても過言では無い気がするので是非。是非。


 

狐と踊れ (ハヤカワ文庫JA)

狐と踊れ (ハヤカワ文庫JA)