サゴケヒ族民謡の主題による変奏曲

 著者:田中哲弥
 イラスト:FooSweeChin
 発行者:鈴木哲
 発行所:株式会社 講談社
 2010年10月1日 第一刷発行

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 当然まったく意味はわからなかったが、この状況この人物から想像するに、報告によると君は昨日ルームメイトに暴力を振るったそうだね、さっきは歌を歌わなかったそうだし、なぜそんな態度を取るんだね?私は君の味方、みたいなことなのだろうと雄樹は思った。
 「ぼくは辞めます」英語でそう言った。どうせ通じないと思うといらいらしたが、自分のことを反抗的で粗暴だと考えている連中に対してこれ以上勘違いされるようなことがあっては面倒だと自分に言い聞かせ、雄樹は努めて穏やかな物言いを心がけた。「ウィーンのラタキ先生に電話させてください」
 「ふぉっくしょすすしゅしゅー?」
 「まなるがならむすのめのがが?」
 「ウィーン。ラタキ先生」雄樹はゆっくりと言った。いくらなんでも固有名詞ならわかるのではないのか。「電話」と言いながら電話をかけるジェスチャーもしてみた。
 「しゅぷー」
 「ござかな?」
 二人とも決してふざけているわけではなく、なんとも雄樹の言葉を読み取ろうと努力はしてくれているのだが、やはりなんにも伝わらないようだった。

 「サゴケヒ族の主題による変奏曲」より抜粋

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 「サゴケヒ族民謡の主題による変奏曲」
 「夜なのに」
 「夕暮れの音楽室」
 「坂の中の坂」
 「おさと」
 「はかない願い」
 「隣人」
 「従姉の森」

 「猿駅/初恋」に続く田中哲弥本読了。まぁ、なんともこの人は読み手を選ぶ文章を書くのだろうと思った。
 難易度としたら「猿駅/初恋」よりも極めて高いんじゃないのだろうか、と思う。いや、「猿駅/初恋」も非常に難易度が高いんだけれど、ラストに潜んでいる物語に救いがあった。けど、今回は無い。救いとするなら「夜なのに」がまだ救いがある物語かもしれないのだけれど、その後の「夕暮れの音楽室」で其れをぐちゃぐちゃに踏み潰されてしまう。
 表題作「サゴケヒ族の主題による変奏曲」は、どう崩していくのだろうと思ってわくわくした。と、いうよりも先が見えない。鍵括弧内の言葉も意味が分からず、そして最終的にも何を言っているかがわからないのだ。答え位くれればいいのに其れもない。その恐怖も結構強かったりする。
 「隣人」は挫折してもいい、と思う。と、いうかこの人は糞尿や血やグロテスクな汚物が好きなのかなぁと感じてしまう程。其れの方が安易に表現はしやすいが、それらに任せっきりじゃない所が良いと思う。
 後は、全体的に時系列がわからない話が多いと感じたり。文章毎に切って貼ってを続けると物語になるんじゃないのだろうか、と思えるものまで。後は、音楽でいう「ここまできたらここから繰り返し」みたいな楽譜のような、そんな感じ。全体的に楽譜なのかなぁとも感じる。
 音楽に例えたら現代音楽なんだろうなぁ。人に「面白いよ」ってお勧めできないだろうなぁ。でも、私は面白かったです。


サゴケヒ族民謡の主題による変奏曲 (講談社BOX)

サゴケヒ族民謡の主題による変奏曲 (講談社BOX)