後藤さんのこと

著者:円城塔
発行者:早川浩
発行所:株式会社 早川書房
2010年1月15日 第一刷発行

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 もしもですね。
 曲がり角からひょっくり未来の自分が出てきたら一体あなたはどうしますかと、会社の休憩時間に後藤さん一般と立ち話をしていたところ、
向こう側で待ち構えているではないですか。見るからに後藤さん一般にしか見えないものが。ついでに自分にしか見えない人も。これはちょっとまずいのであり、いくらなんでも後藤さん一般と居るときにそれはまずい。
 「刺すね」
 と言い切ってしまうのが後藤さん一般であって、これは後藤さん一般の性質というものなのでどうにもしようが無いのである。
 「刺すんだ」
 「刺さない?」
 「刺すでしょう普通」

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 「後藤さんのこと」
 「さかしま」
 「考速」
 「The History of the Decline and Fall of the Galactic Empire
 「ガベージコレクション
 「墓標天球」

 円城塔の文章に初めて触れる。「これが円城塔…」という本当にもやもやした気持ちで読み始めたのは昨年の10月である。完全なる興味本位で本を購入した事に後悔した瞬間でもある。この本を紹介した友人が『挫折してもこれは仕方ないですよ』という言葉に普通なら少し「カチン」とくるものだが「うん…少し今の自分では難しいかも知れない…」と素直に思った位この本は難しいというか不可思議である。
 「この本をクリアするには忍耐だ!」と、読み始めた当時の私は確信した。我慢を用いる本の何が楽しいんだと思うかも知れないのだが、負けず嫌いな性格なので我慢を用いてでも読み終えたい本になっていた。…が、忍耐強く無い私は表題「後藤さんのこと」を半分ゆっくり浴槽に浸かりながら読んで湯あたりをし、色々と負けてしまってから疎遠になってしまった。
 が、読書意欲がある内に読めばいいんじゃないのだろうか、というか今しか読めないんじゃないのだろうか、寧ろ今読め位の気持ちになったので久々に続きの頁から読む。半年も前の内容を覚えているというのは私の記憶力が優れているのではなく、ただ単なる後藤さんのインパクトの強さであろう。

 読書意欲と文章慣れというものは恐ろしいと今日はっきりそう感じた。あんなに読むのが苦痛だったこの本がスラスラ読めてしまう。凄い!色々な本に手を出していてよかった!と、本心から嬉しくなり小さく微笑みながら読み進めるのだが、内容的には少し悲しい感じであり其れは少しずつ削がれていった。(のだけれど、嬉しさのあまり読むスピードは恐ろしく早かった。)半年前に忍耐が無くて良かったなとつくづく思う。忍耐だけで読んでいたらきっと私は円城塔を本気で嫌いなっていたに違いない。そんなの勿体無い!

 本作は上記したように「不可思議」である。理解したら負けだと思う反面、理解出来なくても負けだと思うのできっとこの本を読んで屁理屈の天才(円城塔)に勝てる奴などいないと感じてしまうのだが、勝ち負けではないとも思う。ぐにゅぐにゅする反面、文章の読みやすさは異常で慣れてしまえばなんともない。
 どう表現したらいいかよくわかっていないけれど、歌詞の意味も分からずに洋楽を延々流して「これ好きなんだ」と言っているようなものだろうか。

 文章というものには何事にも意味が生じてくる。
 「あkんはkjなbなr;いおはtん:は」←これは私が今適当にタイプした文字だがこれでは文章にはならない。意味をなさないただの文字の羅列だ。
 だが、本書も殆ど文字の羅列のようで、理解出来る所もあるけれど、理解がさっぱり出来ない所もある。と、いうか後者の方が実際多い。これは私の読解能力の問題なのか…いや、そうでもないかな。そう思わせる位訳が分からない事が多い。言葉が右から左へ流れていく感じ。だけどそれがまた気持ちいいのだ。不可思議であるが不可解でない。

 理解がくっついていってないので的確な感想は述べれないんだけれど、「後藤さんのこと」と「考速」と「墓標天球」が個人的に凄く好き。特に「墓標天球」は咀嚼文章だ。何度も読むのがいいんじゃないだろうか。「The History of the Decline and Fall of the Galactic Empire」だけ抜粋して『これ面白いよ』って人に読ませるのもいいかもしれない。(いや、でもこれは後藤さんを読んだ後だから更に楽しめるのではないだろうか…とも思う。)

 理系であればもっと円城塔の文章は楽しめるんだろうなぁ…と読みながら思ってしまったけれど、多分文系じゃないと読む気力ちょっと出ない位の文章表現は円城塔の卑怯な所だと感じた。

 かなりのラスボス感はあったけど心地良さで締めれたので個人的には○。オススメはしないので読んで後悔してもいいよっていう人は購入してもいいんじゃないのだろうか。ただ、読了してもしなくても負けは負けなのでもうそこら辺は諦めていいと思う。


後藤さんのこと (想像力の文学)

後藤さんのこと (想像力の文学)