セックスボランティア

著者:河合香織
発行者:佐藤隆
発行所:株式会社 新潮社
2006年11月1日第一刷発行

  • -

 竹田さんはなぜ一五年も交際しながら、セックスしなかったのだろう。
 「イエ・・・・・・ナカッタ」
 体の奥から声を絞り出す。
 「どうしてですか?」
 「スキ・・・・・・ダカラ」
 「好きだから?だったら、なおさらセックスしたいですよね?」
 竹田さんは何かを言おうとするが、どうしても声にならない。ゆっくりと文字盤に目をやり、言葉を紡ぎだす。
 「ぼくとしては もっと」
 指に力が入らず、そこで切れる。
 しばらく休むと、ようやく文字が浮かび上がった。
 「もっと したかった でも こんな からだ かのじょ の ふたん に なるから」
 竹田さんは一五年間の交際のなかで「好き」という言葉さえ口にしなかった。ただ、「早くいい人を見つけて嫁さんになって」と会うたびに繰り返していたのだという。自身が障害者であるから、どんなに好きであっても、口に出してはいけないと心に決めていた。本当の恋であればあるほど、言わないことが彼女のためだと思っていた。

  • -

 健常者でもセックスがタブーになる面なんていくらでもある世の中、ハンデを背負ってきた人には尚更タブーである事位考えればわかる筈なのに、きっと私たちは日常で気にも止めない。それは、身内に、友達に、会社に、学校に、障害者の友人が居るか居ないかも大きく関わってくるのかもしれないが、それでもきっと気に止めない。”当たり前に出来る事”が”当たり前にしていい事”がタブーになる。そんな簡単な事に何故気付かなかったのだろう、と、この本を購入する際に感じた。

 やはり、知らない方の本を読むにあたり、冒頭部分等は本屋さんに悪いが立ち読みをさせてもらう。障害者の方と交流する機会は昔は腐る程あった。幼稚園で「悪いけど、この子の”お守り”をして上げてくれる?」と、同い年の難聴の男の子と知的障害(中度)を持つ男の子と知的障害者(軽度)の女の子の面倒をみたり、そのまま小学校でも続行したり、中学校では少し減って、高校ではボランティア部に所属していた為知的障害者の子供が通う学校(特別支援学校というんですね)にボランティアで行ったりと。だが、年を重ね、ボランティア団体やガールスカウトにでも所属していない限り私が障害者と関わる機会は減っていった。今ではもう無い。

 だから、余計に”性”に関しての疑問は浮かび上がらなかったのかもしれない。いや、高校の時は少し芽生えたかも。だけれど、特別支援学校にボランティアへ行った時「ねぇ、私あの子とお付き合いしているの」と、教えてくれた子も居た。多分その時「嗚呼、恋愛するんだ」という、今では口が裂けても言えない恥ずかしい事を思った記憶もある。口に出しさえしなかったが、本当に失礼な事を思ったと今思うと顔から火が出る思いだ。人として産まれて来て、人として育ってきたのだから当たり前に恋もするだろう。当たり前に性的欲求も生まれるだろう。そこに何故”イコール”が組み込まれなかったかと思うと、やはり自然と「タブー視」していたんじゃないのだろうか。実際、高校生でも(今はもっと若くて性体験を終える方が多いですが)「彼氏と初エッチしちゃいました〜☆」なんて聞くと興味津々だったり、「ちょっと早いんじゃない?」等という気持ちになる。高校生位の若い子が簡単に言える事でもない(と、私は思ってるんですが…)、そして深くは突っ込めない場合もある。日常生活で”セックス”と簡単に言えない、恥ずかしいから。もはやここにも軽度の”タブー”意識があると言えよう。

 その”タブー”を深く追求したのがこの本である。

 知らない事が多すぎた。手をまともに動かせない障害者の方の自慰をヘルパーさんが手伝う事があるだとか、風俗店へ行って筆おろしをさせてもらうだとか、セックスに対してもっと近づいてもらう為と、セックスの方法を学ぶ為の実地訓練のようなものだとか(ラブホテルの使い方等も教えていて驚きである)。

 障害者の性は私たちと同じだけれど、一つだけ違う所がある。極度の”罪悪感”と言えるだろう。

 「こんな体で人を愛せる訳がない」「こんな体でセックスなんてしちゃいけない。」「迷惑になるから」

 きっと、私も同じハンデを背負って生きて来たのであれば思っていただろう。「資格が無い」と。
 でも、これは本当にとても悲しい事でそんな事など無いのだ。下半身不全だってセックスがしたい。バイアグラを使って少しの快感を得ようとするのは不思議な事じゃない。結婚もしたい、自慰もしたい、セックスだって。当たり前なのだ。だが”性”という物が全てを”タブー”にする。恋愛感情抜きで障害者とセックスをするボランティアだって、違う目から見れば「興味本位なんでしょ?」「性的欲求溜まってるんじゃないっすか?」という言葉になる。


 人間の三大欲求は「食欲」「睡眠欲」「性欲」である。「食欲」と「睡眠欲」は介護されて何故「性欲」だけが特別視されるのだろう。きちんと色々考えて行えば「特別視」する必要等無いのに。


 きっと「障害者なんだからおとなしくしとけよ。セックスすんのも大変だろ。」「障害者は障害者なりにおとなしくしとけよ。セックスとかして子孫残すんじゃねぇよ。」って心無い言葉を吐く人が居るだろう。(実際それに近しい言葉も聞いたことがある。)


 そんな奴は助走をつけて顔面をグーで殴ってこの本をずっと朗読させてやりたい。人を差別するという事がどれだけ自分が恥ずかしいかを知ればいい。

セックスボランティア (新潮文庫)

セックスボランティア (新潮文庫)