ディスコ探偵水曜日(上)

著者:舞城王太郎
発行者:佐藤隆
発行所:株式会社 新潮社
2008年7月31日第一刷発行

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 この映画を誰が本気で作っているんだろう…と思ってぼけっとしていると、隣で黙って寝息をタオルケットに吹き込んでいた梢が「あいたたたたっ」と言って顔を上げるので、見ると、梢の身体が大きくなっている。

 …だけではなく、年をとっている。

 子供用のパジャマをぱんぱんにして着ているティーンエイジャー。体育座りのまま俺の顔を見て「凄い、今何かいろいろ湧いた」と言ってからちょっと笑う。それから目をつぶるとうむむむむもんと身体が縮まり、元の小さな梢に戻る。

 俺は梢を見つめているが、膝の間に顔をうつむけたままじっとしている梢の肩がゆっくりと上下していて、梢の方はまるで何事もなかったかのように眠り続けているのが判る。寝ているのは梢なのに夢を見ているのは俺みたいだ。

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 人生二度目(小説として)の舞城王太郎。「現代風だなぁ」と思ったのは色々な言い回しかもしれない。小説で直接的に陰部の名前を表記する物をあまり読んでいなかったので少し強ばりながら読む。暴力的な本は好きな癖に言い回しになるととても弱いのが私の駄目な所というか苦手な所だろう。例えて言うなら「若者の喧嘩言葉」に似た言葉に冷っとしてしまう。腕が折れて内蔵が飛び散っても平気なのに、そこら辺ちょっと違うのだろう。(エログロは好きだけどグロエロは嫌い的な感覚とはまた違いますかね(笑))

 言い回しだけで言えば戸梶圭太を物凄く綺麗にして折りたたんだような小説だなと感じた。戸梶圭太の小説は暴力的だ。まるで広告の裏にぐちゃぐちゃ地図を書き、牛乳を染みこませ、丸めた後乾かして読むそんな感じ。そんな彼の小説は嫌いでは無い。(とは言っても最近は読んでいないのでなんとも言えないが処女作”闇の楽園”や”溺れる魚”は屑っぷりとかが清々しくて結構好きだ。)イメージとしては井上三太の漫画を小説にしたような、うん、そんな感じ。きっとこれが私の中でぴったり来る戸梶圭太

 まぁ…それは置いといて…其れを綺麗にした感じが舞城王太郎だと認識してる今現在である。

 「ディスコ探偵」なんていうタイトルだから「嗚呼、探偵ものか。次から次へと事件を解決していくミステリーだろうな。にしても表紙がこんな可愛い女の子でどういう感じなんだろう…。」という気持ちで頁をめくる。

 …思ってたのと違う!全然違う!急展開が急展開を読んで意味不明が意味不明を読んで謎が理解出来ずに置いてけぼりになるのにそのまま頁が進む。駄目だ、理解しちゃ駄目だし咀嚼してなんかられない。「好き好き大好き超愛してる。」を読んだ時に感じたのは『舞城王太郎はスピード感が大事だ!』という事。止まってはいけないのだ。読む時期が長期間になってもいいが、本を読む手は止まってもいい。だが、逐一止まって咀嚼してはならない。悩むのは主人公の「ディスコ・ウェンズデイ」だけでいいのだ。わからなくても読み続ける。謎は後に解明される、これは小説だから。今はディスコ・ウエンズデイと梢とその他の色々な名探偵の行動を水星Cの行動を見るしかない。そう感じさせられる。

 吃驚する事が沢山起こる。多分、舞城王太郎好きなら「嗚呼」と思うんだろうなぁ。(これ「ピコーン!」の感想にも似たような事を書いた気がする…)其れくらいまだ”舞城王太郎”を掴めないでいる私。多分別の作品を読んでも「えええっ」と思う気もするのだがとにかくこの大長編を読み終わってからだ。

 続きも気になる感じで終わっていてすぐに中巻に差し掛かりたい気もする(というかシリーズ物を読むに当たってそうするのが自然な行為なのだけれど)が、私にはまだまだ読みたい本があって今この読書欲があふれんばかりの時にスピード感だけを使ってはいけないという気持ちもあるのだ。

 とにかく、並行してでも色んな本を読みたい。そのうち中巻にもとりかかるだろう。大丈夫、忘れられるような内容では決して無かったから。


ディスコ探偵水曜日〈上〉 (新潮文庫)

ディスコ探偵水曜日〈上〉 (新潮文庫)