ラギッド・ガール―廃園の天使〈2〉
著者:飛浩隆
発行者:早川浩
発行所:株式会社 早川書房
2010年2月15日発行
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「まだ、殺したことはない」
「でもそのためにデザインされた腕だろう?」
ボリスの手がニムチェンの手を握る。ふたりはならんで胸まで湯に浸かった。からめた腕をくねらせてくる。螺鈿の粒にざらりと撫でられ、ちりちりとした快感が生まれては消える。
ニムチェンは周りを見た。気が向いた者どうしが、同じようにパートナーを見つけて楽しんでいる。これはふつうの社交だ。食事をともにするように。将棋を指すように。
ボリスはからめていないほうの腕をニムチェンの手首に添え、自分の性器に導いた。ニムチェンは指を動かして、ボリスの興奮の輪郭をなぞった。
「一度やりあってみたいな」耳元にささやかれた。
ニムチェンは返答せず、もう一方の腕をボリスの薄くやわらかな乳房に回した。小さな乳首の周囲の螺鈿をなぞると、それがそのまま愛撫になる。
「だって君はとても上手そうだ・・・・・・」ボリスはうっとりとした声でつぶやく。「殺すのが!」
ふいに語調がかわった。そのときにはボリスの腕がニムチェンの片腕を完全に固めていた。湯の中から、黒い何かがニムチェンの胸元を這い上がった。瞬速。蜘蛛。脚の尖端が、心臓の真上にあてられていた。カーボンブラックの錐のような脚。そのまま押し込むことだってできただろう。
「王手」ボリスのほほえむ声がした。「あっけないんだな」
ボリスがざぶりと立ち上がった。全身から湯がしたたる。脚を伝って黒い蜘蛛が駆け上がり、肩に止まった。
「上首尾」ねぎらい、緑の唇でキスをする。他の者がちらちらと、あるいはあからさまにニムチェンを見ていた。
ニムチェンは退屈だった。
一部始終のあいだ、ボリスの行動はすべて予想の範囲内だった。どの一瞬ででも幾通りもの反撃が可能だった。何となく感じてはいたが、ニムチェンは、そのときようやく自分の能力が卓絶していることに気がついた。
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「夏の硝子体(グラス・アイ)」
「ラギッド・ガール」
「クローゼット」
「魔術師」
「蜘蛛(ちちゆう)の王」
"廃園の天使"シリーズの第二部「ラギッド・ガール」読了。第一部は「グラン・ヴァカンス」というタイトルで刊行されている。「グラン・ヴァカンス」の感想をブログにも何処にも書いてはいない。書くタイミングを失ってしまったので、もう読んだ後の高揚感等を交えた"その時に発せられる感想"は書く事は出来ない。「グラン・ヴァカンス」は飛浩隆が10年もの歳月をかけた作品である。仮想リゾートの中で繰り広げられるAI達の生活。大途絶(グランド・ダウン)、そして硝子体(グラス・アイ)の存在。これは読まなければ理解出来ないし、私は口下手…文字下手の方が今は正しいのかもしれないのだが、文字下手なので的確に伝える事が出来ない。
序盤の美しさからは想像も付かない程の恐怖が敷き詰められているのにも関わらず、視体の美しさは回を増す毎に引き立っていく。それもまた恐ろしいと感じながらも、止まらない読書欲が掻き立てられる作品。一言で言うと、続きが気になるのです。
これが、唯一書いた「グラン・ヴァカンス」の感想である。(読書メーターより抜粋)美しくも恐ろしい物語。だけれど、其の中に秘められた更なる美しさにきっと貴方は驚愕するだろう、と、私は思う。
そんな「グラン・ヴァカンス」の補完をするのがこの「ラギッド・ガール」である。
「ラギッド・ガール」を読み進めて行く内にある一つの点に気付く。仮想リゾートがあるのは現実世界があるからなのだと。なぜそんな簡単な事に気付かなかったんだっ…!と強く思ったけれど、それは多分「グラン・ヴァカンス」の完成度の高さからなのかもしれない。創られた世界があるのならば、創る世界があるのだ。当たり前の事なのに、そのまま仮想リゾートの世界だけが続くと思い込んでいた。と、いうか続いて欲しかった。「グラン・ヴァカンス」を読んだ人ならわかるであろう。あの続きがどうなるのか。気になり度異常であると。
「ラギッド・ガール」は先程も記したように、色々と補完をしてくれている。…補完具合半端なかったです。「グラン・ヴァカンス」でも息を飲むシーンは多々あった。中盤なんかはもうスピードに飲み込まれて本から風が舞い上がるのではないかという程に。その元凶ともなる者の追求。核心。「大途絶」が何故起こったのか。硝子体…とは?
色んな謎の答え合わせをして、第三部どうなるのかがもう待ち遠しくてたまらない。
…第三部を待ちきれない気持ちが絶対出てくるのが分かっていたので、本当は「ラギッド・ガール」はもっと後に読むつもりだったのです。が、手違いで持ち歩いている本がこれしか無かったのです…。もっと温めてゆっくり読みたかったのですが、引きこまれてしまいました。飛先生の別作品「象られた力」は、まだ読み始めていないので手札が残っている事への安堵感は半端ないですね。ええ。
- 作者: 飛浩隆
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